こんにちは、ウロコです。
早いもので、正解するカドも今週でラストですね。
スタートした頃はまだまだ肌寒い気候でしたが、すっかり夏になりました。熱射病には気をつけて、こまめな水分補給を心がけましょう。
分かりやすく前半・後半・エピローグに分かれていた最終回。
脚本家の方の評判を聞いていたので、どんなちゃぶ台ひっくり返しが来るかとドキドキしていたのですが、それほど掟破りな無茶展開があったとは思えず、意外に真面目に風呂敷を畳んだなと思いました。
ものすごくびっくりするようなこともなく、でも決してつまらないわけでもなく、適度にドキドキしながら楽しませて頂きました。
「作戦の具体的な内容が、前もって視聴者に提示されている場合。その作戦は高確率で失敗に終わる」バトル物ではお約束の展開ですが、今作がこのパターンにハマるとは。
成功する作戦というものは、視聴者に対しても伏せられているものです。
今回の場合も、前回第11話で明かされていない部分があり(ツカイさんや花森くんが泣いている理由など)、それが後半パートへ繋がって来ます。
(視聴者が知っている)作戦失敗→(視聴者が知らなかった)作戦成功という流れでカタルシスを感じさせる。案外手堅い展開で来たなと思いました。
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前半戦:真道幸路朗の最後の交渉
実は前回、改めて「真道幸路朗(シンドウ・コウジロウ)の仕事のやり方」というものを考えている時に、妙な既視感を感じたのです。
(仕事のやり方が)似てるキャラクターを最近どこかで見たような気がすると。
それがドラマ「家売る女」の主人公・三軒家万智でした。
不動産の営業としてあらゆる相手(顧客)と交渉し、「家を売る」という目的を達成する彼女はまさにタフ・ネゴシエイター。
物語で描かれた案件が実質2件しかない真道さんに対して、三軒家チーフは毎回家を売りまくっているので、仕事のやり方もより分かりやすくなっています。
相手の要求を言葉の通りには受け取らない
相手が最終的に求める結果を(A)とする場合。
相手はまず、「自分が(A)という結果を得るために何が必要だろう?」と考えます。そこで「(B)があれば良い」と結論を出して交渉に臨み、「(B)が欲しい」と要求して来るわけです。
そこでこちらがそのまま(B)を提示しても、中々すんなりとは通りません。
相手の本当の要求は(B)ではなく(A)なので、相手はこちらが提示した(B)に対して、「これで私の求める(A)が得られるだろうか?」と考える。
そこで確信が得られなければ、首を縦には振りません。
そこで「相手はなぜ(B)を求めているのだろうか?」という点にもう一歩踏み込み、本当の目的(A)を知ることができれば、交渉は動きます。
「相手が(A)という結果を得るために必要なもの」は何かを考え、それを提示する。
その際、最初に相手が提示した(B)という要求は無視して構いません。
最終的に求めたものが手にはいるなら、手段は変わっても良いのです。
時には、相手の目的が更に深層に隠れていることもある
「相手の(A)という目的が、そもそも本心ではない」というパターンも意外とあります。
世間体だったり、周囲の人への遠慮や気遣いであったり、プライドだったり。
理由はさまざまですが、人間は自分で自分の気持ちを偽ることのある生き物でもあります。
「(A)という目的を達成するために必要な(B)」を提示しているのになぜか食いついて来ない。
そんな時は、そもそもその(A)が、本当に相手が求めているものなのかどうかという所にまで踏み込んでみる必要があります。
相手の「本心」を引き出すため、力技で強引なこともやる
気持ちを偽っている相手の本音を引き出すのは、簡単なことではありません。
よほど腹を割って話すか、相手の感情に強い揺さぶりをかけるか、またはその両方か。
なんにせよ、応接室で向かい合って話しているだけでは心の壁は壊せません。
今回、フレゴニクススーツを着てヤハクィザシュニナに殴りかかった真道の姿が、2時間スペシャルで子役スターと相撲を取る三軒家さんに重なって見えました。
人間、追い詰められれば本性が出るし、「自分に全力でぶつかってくれた」と感じた相手には心を開いてしまうものです。
それくらい、最終回のザシュニナは「人間」になっていたということではないでしょうか。
自分の本当の気持ちを真道に見透かされて肩を落とすヤハクィザシュニナなんて、第1話からは想像もつきませんでした。
スポンサーリンク後半戦:ゼウス・エクス・マキナの召喚
前半はある意味「人間」となったヤハクィザシュニナとの交渉でした。
しかしやはり、異方との(技術を含めた)力のぶつかり合いでは、ザシュニナの方に軍配が上がります。
そこで、第11話では語られていなかった「隠し球」の登場です。
いきなり見たこともないキャラクターが登場した時は「?!」となりましたが、「未来の世界から自分の子供(「未来の自分」でも可)が干渉して来て助けてくれる」というのも、そういえばSFではお約束の展開でした。
今回は、(現在の延長線上にある)「未来」ではなく、「時間の流れが違う隔絶空間(逆浦島太郎または「精神と時の部屋」方式)」でしたが、これもひとつのバリエーションかと思います。
ご存知のように、ゼウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)とは、古代ギリシャの時代から伝わる、由緒正しい「広げた風呂敷を畳む」技法です。
こじれた事態を収拾してくれる、圧倒的な力を持つ存在。
お話を作る上で大変重宝する反面、出し方を間違えるとただの「ご都合主義」になってしまうので、如何にこのゼウス・エクス・マキナの出現に説得力を持たせるかがポイントですね。
前回の私の記事を読んで、気づかれた方がいらっしゃったかも知れませんが、実は私は、真道さんと徭沙羅花(ツカイ・サラカ)のラブシーンに触れていませんでした。
話の流れを追いかける中で必要と思われる要素を洗い出している内に、いつの間にか抜けてしまってたのです。
前回の話単独で見ると、あのシーンはなくても成立しているように見えたということですね。
ヤハクィザシュニナがこの世界に存在するさまざまな概念を獲得し、人間のような感情を持つに至る過程が段階を踏んで丁寧に描かれていたのに比べると、やや唐突にも思えるヒーローとヒロインの急接近。
何故あの場面が必要だったのかが、ここでようやく分かりました。この作品におけるゼウス・エクス・マキナ「ユキカ」の出生につなげるための伏線だったんですね。
(逆に言うと、この展開がなければあの一連のラブシーンはただのサービスになってしまいます)
2人が割り切った性格なら恋愛感情がなくても子どもを作ることは可能でしょうが、「「感情」を持ってしまったヤハクィザシュニナに対して、地球人類の「感情」をぶつける」という形にするためにも、「2人の愛の結晶(古。)」という形の方が収まりが良かったという事かと思います。
品輪彼方はどこまで知っていたのか?
前回、真道たちが品輪先生を連れ出した時のザシュニナの表情が「お見通し」の顔だったのも今回分かりました。
予め、新しいワムの作り方を彼女に教えていたことが、フレゴニクススーツを無効化することに繋がっていたのですね。
この場合、彼女は自分の作ったワムが原因で、結果的に真道の足をひっぱってしまった事は自覚していなかったと思っていいのでしょうか?
「ヤハクィザシュニナは人類を異方に連れて行こうとしている」と聞いて、(ザシュニナさん悪い人だったの? やばい、私手を貸しちゃったよ)…などとは思わず、(「異方に行く」?!その手があったか)と目からウロコを落としていただけだったのでしょうか?
どちらにしても、彼女は真道と違って「この世界」に未練はなく、「ノーベル賞10回取れる」と言われても欲しいとも思わず、好奇心の赴くままに次元の壁を飛び越えてしまうのでしょう。
思えばやっぱり、脚本家の人にとって一番描きたいキャラクターは彼女だったんじゃないかなという気がします。
最初はちゃんと効果をみせて「いける」と思わせてからの「やっぱりダメでした」に持ち込まなければ。
一度は見えた希望が打ち砕かれた所で絶望感が強調され、次に来る逆転劇がより一層燃えるものになるのです。バトルものなら是非そうすべき。バトルものじゃないの?
花森くんは16年歳を取ったままなのか
花森くんと「ユキカ」がいきなり時間を飛び越えたのは、第9話でザシュニナがナノミスハインを使って真道の時間の流れるスピードを変えた、あの方式なのでしょうか。
隔絶空間の中に更に隔絶空間を作り、子どもと子守役(花森くん)を入れる。外の1日が中での16年間に相当するように時間の流れを調整する。
ツカイさん、自分は猫を追いかけたり水族館に連れていって貰ったりアメリカへ留学したり、この世界のいろんなものを見聞きして楽しく育って来たのに、娘は花森くんと2人っきりにして16年間隔絶空間で育てさせたのか…(花森くんよく育児ノイローゼにならなかったな)。
時間移動ではないということは、花森くんも花の20代〜30代を育児に費やして、16年分歳を取ったままで通常時間に帰って来ちゃったことになるんでしょうか。
16歳分老けることでザシュニナにバレてしまうから、真道やツカイさんが自分で育てるという選択はできなかったということなのかも知れませんが、彼も結構我が身を犠牲にしてますね。
それはさておき、ユキカを教育するにあたって真道が花森を選んだ理由が「自分の考えを一番良く分かっている」、=「自分に代わって自分の考えを伝えて欲しい」からということであれば、ここの伏線も回収されたことになります。
ヤハクィザシュニナを見て「瞬くんの言っていたとおり」と言っていたのは、真道がザシュニナをどう見ていたか、花森くんから教えて貰っていたということでしょうね。
ヤハクィザシュニナの願いは叶ったのか
個人的に残念だったことがもう一つ。カドと共にワム・サンサ(の効果)・ナノミスハインも世界から消えてしまったこと。
世界の進歩を早送りしちゃったからって、何もわざわざ元の所まで巻き戻さなくても。
そのまま早送りしたままでも良かったと私は思うのですが。
逆に評価できるのは、真道さんが帰らぬ人となってしまった(らしい)こと。
残されたお母さんの事を思うと胸が痛みますが、これで生き返ってしまったら、幾ら何でも都合良過ぎと思ってしまう所でした。
これでツカイさんとラブラブハッピーエンドならザシュニナも浮かばれないでしょうが、彼の息の根をきっちり止めた事で、ある意味では報われたのかなとも思います。
「他に代わりのいない唯一の大切なもの」に出会ってしまったからこそ、その対象を誰にも渡せなかった。
真道は文字通り命をかけてザシュニナの要求に応えようとしてくれた訳で、ある意味では彼は真道の命を手に入れたと言えなくもありません。
そして真道母が心配していた「寂しい」という感情が、ここに繋がって来るのですね。
考えようによっては、彼は人間のような感情を手に入れたことで、「処理しきれぬほどの情報で満たされた」とも考えられます。
情報的には完璧なコピーでも、人間の代わりにはなり得ない。
感情は理屈では解析できず、従って情報としてコピーすることもできない。
感情を理解することで唯一無二の存在として真道を認識し、同時に自分自身も感情を得て無二の存在となった。
人類のいるこの宇宙が特異点になったのは、人類という「感情を持った知性」が出現したからだとするならば。
ザシュニナは、人類を異方に連れ出さなくても、自身が人類と同じ「感情」を得ることで、自らの情報で自分を満たすことができたのかも知れません。
処理しきれない感情が溢れて来るのが涙だとすれば、ザシュニナが最後に涙を流していたのは、処理しきれない感情=情報で満ちあふれていたということなのかなと思いました。
ある人がこんな事を言っていました。
「神様は必ず私たちの願いを叶えてくれる。しかし、願ったとおりの形で叶うとは限らない。思うのと違う形で願いが叶った時、それに気づけない人も多い」
ヤハクィザシュニナは神様ではありません。
結果から見れば、寧ろ真道の方が、ザシュニナにとっての「神」になったのかも知れませんね。
とはいえ、真道が自分の願いを叶えてくれていたことに、ザシュニナが気づいていたかどうかは謎ですが。
スポンサーリンク第12話「⊿Γ≡(ユキカ)」感想
どんなトンデモ展開が来るかと思いながら見ていましたが、終わってみれば案外オーソドックスなお話だったなというのが正直な感想です。
私が子どもの頃、ラノベというジャンルはまだ存在しておらず、代わりに少年少女向けのSFジュブナイル小説というものが図書室の本棚に並んでいました。
当時夢中になって読んだあの手のお話を、今の社会情勢や科学技術に合わせて新しく描き直すとこんな感じになるのかなと思うと、寧ろ懐かしいとさえ感じました。
少し捻くれた見方をすると、ヤハクィザシュニナの変化は子どもから大人への成長のメタファーとも取れるかも知れません。
第1話の超然と人類を上から見下す超存在は、まだ何もやっていないが故に、何でもできると思っている子どものセルフイメージ。
しかし、人間の世界を学び、知識や教養を身につけ、複雑な感情を理解すると共に自身のものにもしていく内に、超存在だった自分が人間になって行きます。
自分が一個の人間に過ぎないと認識した時、万能感はへし折られ、根拠のない自信は瓦解します。けれど、実はそこからが人間の本当の勝負なのです。
自分が「途中であること」つまり、未熟であることを自覚してこそ、学ぶことも成長することもできるということなのです。
そこから学び、努力して「本当の自信」を身につけることが人間としての成長なのですね。
尤も、これについては私が勝手に解釈しているだけで、作ってる人がそれを意図している訳ではないとは思います。
私の個人的な考えですが、SFとは、「現実にあり得ないガジェットを投入することで「人間」を描く」ものだと思っています。
その観点で見ると、最終的にこの作品で最も「人間」だったのって、実はヤハクィザシュニナだったんじゃないかなと思いました。
最終回ということで長くなってしまいましたが、今までおつきあい頂き、ありがとうございました。
私ウロコは次クールでは、「賭ケグルイ」を担当させて頂くことになっています。引き続きおつきあい頂けると幸いです。
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コメント
結局「正解」とはなんだったのだろう…
自分には見つけられませんでした。
まだまだ精進が足りないようです…
だいぶ終盤になってからこちらのサイトを偶然おみかけして、
短い間でしたが、(誠に勝手ながら)一緒に物語を見ているような気分で、
最後まで楽しく拝見させていただきました。
とりあえずお疲れさまでした、ありがとうございました。
まるんぱさんこんにちは。
序盤はかなりハッタリの効いた作品だったので、最後は拍子抜けした人も多いかも知れませんね。
薄々感じてはいたのですが、結局は第一話で真道が言った「正解はひとつとは限らない」「考え続けるしかない」という所に帰って来るのかも知れないですね。(最終回では「途中」であることが強調されていましたし)
いつもコメントを書いていただいて大変励みになりました。ありがとうございました。
はじめてコメントさせていただきます、せいらです。
まずはお疲れさまでした。
序盤、世界を揺るがす種が蒔かれたのに次の放送回では何事もなかったかのように淡々と次のステップへ進んでいく、という何とも不思議な進行アニメだった正解するカド。
事件が起こっているようで起こっていない、起きていないようで起きている。
そんな中で毎週ドキドキしながら見ていました。
しかし、最後に真道幸路朗がなくなってしまった(らしい)というのは悲しい。好きなキャラには生きて幸せになってほしかった!
SFな内容に若干ついて行けずモヤモヤしている時にこちらのサイトを拝見しました。
分りやすい解説と考察のおかげで自分がいまいち理解し切れていなかった部分に納得がいき、ますます正解するカドを楽しめました。
ありがとうございます。
次クールも頑張ってください!
せいらさんこんにちは。はじめまして。コメントありがとうございました。
ワム・サンサ・ナノミスハインによって世界中で起きるであろう混乱、変化、事件。この辺り、描こうと思えばいくらでもお話を膨らませることができそうでしたね。
ただ、それをやってしまうと物語が拡散して収拾がつかなくなるから、結局は発端であるザシュニナとその周辺に話が集約されていくのも道理だと思います。ただ、見る側にそっちを見せてもらえそう、と期待させてしまったせいで、期待ハズレに感じる人も多かったのかなと思います。
真道さんは職務上あまり私情を表に出さないキャラなので分かりにくいですが、終わって見れば彼だけがザシュニナを対等の友人として扱っていたし、友達として好きだったんでしょうね。生還できなかったのは残念ですが、彼なりに自分の答えには納得していたと思います。
ご丁寧な感想をいただき、ありがとうございました。
またご縁があると嬉しいです。
はじめまして。私はBSフジで視聴しておりましたので、ちょっと遅れて最終回を視ました。
被造物である地球生命体が(ザシュニナにとっては思いもよらない結果を作り出すという点で)創造者となっている点、自分たちが創造した世界に興味を抱いて自ら被造物に宿る形で徭が地球に降り立っている点、ワムやサンサにおいては都市伝説やオカルト的な話題で出てくるフリーエネルギーやパラレルワールドに存在する別の自分のようなことを私に連想させる点であったところから、この正解するカドは単なるSFだけではなく、スピリチュアルや自己啓発的な内容も盛り込んで展開されるのかなぁと思いながら第1話から視聴しておりました。
何かを深く理解して説明するための知識や洞察力に関して、正解するカド流に申し上げれば、私は『途中』です。ウロコさんの解説は正解するカドをより深く味わうためのありがたいガイドでした。貴種流離譚やデウス・エクス・マキナといった用語は私にとっては初めて知る用語であり、ウロコさんの解説にはこのような用語がさらっと出てくるあたり、自分の途中っぷりを身に沁みて感じました。
ところで、ユキカは何故あそこまでザシュニナを超越したフレゴニクスの理解ができていたのでしょうか。サイヤ人と地球人の混血は戦闘力がより高いみたいな理屈でしょうか。そうだとしても、徭は、肉体は人間でも異方側の魂あるいは記憶を持つがゆえに、人間離れした能力を発揮できるのだろうと解釈していたので、両親が共に人間であるにもかかわらずユキカが繰り出す超越ぶりを見た時、ちょっとしたモヤッと感がありました。ザシュニナは人間と異方存在の交わりはあり得ないというような反応をしておりました。確かに異方存在はその存在の次元が人間と違うので、人間と異方存在の交配(表現が無粋で申し訳ございません。)はできないでしょう。しかし、徭は人間の肉体を持つのだから別に不都合は無いはず。それとも、異方存在と人間との間で愛を育む(これまた表現が古くて申し訳ございません。)ことが予想外だったのでしょうか。
私にとってはよくわかっていない点があり、自らの力による正解を持つには至ってはいないものの、劇中のザシュニナにとっても、視聴者である私にとっても予想外な展開がなされたこの正解するカドという作品は、第1話から最終回まで興味を持って視聴できたアニメでした。
関係ありませんが、ヤハクィザシュニナって名前に何か意味があるのかと思ってググってみましたら、『ヤハクィザシュニナの通販』って結果が出て、驚いてクリックしてみたら、フィギュアでした(笑)。
最後になりましたが、今までは、アニメは独りで視て終わりでしたが、ウロコさんの解説を読むのがとても楽しかったので、投稿させていただきました。今後のアニメについての解説も頑張ってください。
ユノクルさん 濃い体毛のハゲしい悩みさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
お二方とも長いコメントを頂きましたので、まとめての返信で失礼致します。
どんな物語でも、重箱のスミをつつけばアラは幾らでも出てくるものです。この作品に出てくる「異方」というものが実際に存在しない以上、それがどんな所で、異方存在がどんなものか、制作側が「こうです」と言えばそれが答えになってしまいます。
にも関わらず、納得できない人が多数いるとするならば、それはストーリーというより演出上の問題なのではないかなと思います。
演出の仕方に問題があり、ストーリーに上手く説得力を持たせられなかったのではないでしょうか。
これは私個人の考えですが、ヒロインであるツカイさんのキャラクターにもっと説得力が欲しかったなと思います。
有能バリキャリ、恋するツンデレちゃん、天然不思議ちゃん、聖女様、色んな要素を盛り込んだ結果どんなキャラなのかよく分からなくなってしまっていたような。
最終的に勝利者となり、美味しいところを持って行くのなら、もっと分かりやすく共感しやすいキャラでないと、ストーリーに説得力が出ないんじゃないかなと思いました。
10話のトワノサキワ’が神秘的で美しく壮大な神回だっただけに、あんな嫉妬?&憎悪?で狂った見苦しく醜いザシュミナの顔芸にすっかり幻滅してしまいました者ですwww
私はてっきり品話博士や異方存在『キ』が出てくるとばかり思い込んでいたし、そもそも『ワ』=ツカイサラカで当たってたのか『╂ ╂ ┓┰┃┬┠ ━ ━ ┓』のキーワードが一体なんて意味だったのか(自分的にはモールス信号や座標みたいなモノ?)謎が解けてないのでちょっとというか正直かなり残念でした。
私が真道な立場ならわざわざ子作り+部下に育児押し付け=最強生物兵器に仕立てあげるような手間のかかるめんどくさい事するより、てっとり早く品輪博士を生け贄にしようとしますけどw
それにしても実父をみすみす見ゴ口しするなんて普通にギリギリで防御したりザシュミナみたく父親の複製体を影武者にして囮に使うとか、せめてサラカみたく蘇生してあげればいいのにとヤキモキしていました。
それとストーリーには全く関係無いですがなんでセーラー服?隔絶空間で成長したんだから学校なんて行ってる筈無いのに?普通の私服かサラカやザシュミナみたいな異方存在っぽいコスプレ服でいいのでは?単なるアニメスタッフの趣味?www
あと何より本当に人類+異方のハーフは必ずや超越存在として誕生しうるのか疑問がつきません。
父親である真道は異方の感覚を獲得してるが低次元の人間に過ぎないし、母親であるサラカは弱体化した異方存在に過ぎないので、そんな二人を掛け合わせてもさらに低次元で弱体化した人間よりの異方存在しか産まれないのでは?
おそらくは花森が頑張ってサンサやナノミスハインの力を借りて育児&教育したのだろうとは思いますが、そもそも完全な異方存在として繭に出現してるザシュミナより物凄い超能力&情報処理能力を理解しかつあんなにあっさりと使いこなせるのには激しく違和感を覚えます。
それにザシュミナが消滅してワムもサンサもナノミスハインも消滅してカド出現前に逆戻りしている世界の様子ももう少し描写してほしかったです。
なーんか消化不良というかモヤモヤ感が酷い後味の悪い誰得残念アニメでしたww
ユノクルさん
ユノクルさんへのお返事も、濃い体毛のハゲしい悩みさんへの返信で書かせて頂いていますのでご確認下さい。
それから、ずっと「ザシュミナ」と書かれていますが、ヤハクィザシュ「ニ」ナです。差し出がましいようですが、念のため。
コメントありがとうございました。
ユキカが強いのは、人類+異方のハーフだから(両方の遺伝子を持っているから)ではなく、思い込みの無い赤ん坊の頃から16年間、人類と異方 両方の視点から世界を見て、より深く世界の構造を理解したからですよ。ザシュニナは凄くても、やはり40次元の世界の常識の中で育った分、先人たちの積み重ねという先人たちの勘違い等の間違いも含む偏った、あるいは歪んだ形で世界を理解しているので、思い込み無しで1から自力で世界を知って理解していったユキカに勝てなかったんです。
nanaさんこんにちは。
丁寧な解説ありがとうございます。
品輪博士が「赤ん坊のようなもの」というのが一つの伏線だったのかも知れませんね。
ただ、ユキカがあまりにも一方的にザシュニナをやっつけてしまったので、ザシュニナに好意を感じていた人には納得し難かったのかとも思いました。
アラがあるから面白くないのではなく、「面白くない」と自分が感じる理由を探して、人はアラ探ししてしまうものなのかも知れません。
こちらの記事を拝見して、面白い考察をされていたのでイイネ!しようとしたんですが、ボタンが分からなかったのでコメントを残します。
正解するカドを深く考えずに視聴していたので、ウロコさんの書かれている“相手の要求を言葉の通りには受け取らない”交渉の心理を読んで、もの凄く納得しました。
ザシュニナの言う「正解」として用意していたものは異方存在のために人間を異方へ招くことで、でも人間は「正解」を人類のために導こうとして、正解が割れた。真道は人間を異方へ連れて行かないことを望み、「処理しきれない驚き」をザシュニナに、異方からの3種の神器が消えたのは、交渉の対象が人類から真道へ変わったことで起こったのではないかと。
自分の解釈ではこんな感じになりました。
通りすがりさん
初めまして。コメントありがとうございます。
「ザシュニナが当初思っていたのとは違う形の決着になり、ザシュニナは姿を消したけれど、彼のもたらした三種の神器で世界が変わった」というオチでも面白いかなと思ったのですが、これについてもどうなるのが「正解」かは決まっていないということでしょうね。
神器の効力を無効化したのはユキカですが、これは制作側が、「神器が消えて世界が元に戻る」という答えを選択したということだと私は考えています。
私のテキストも丁寧に読んで頂いて、ありがとうございました。
真道がかならずしもタヒんだとは言い切れない終わり方だったと思います。
祭壇に置かれたとき作画ミスなのか分かりませんが血や穴がない
最後のシーンで後輩がリセットされたように若くなってる気がします。
湖に花が流れてる為その時点ではタヒんだと思ってましたが
どこをどう見ても視聴者でタヒんだと思い込んでるだけで
作中では一言もタヒんだとは言ってません。どれが正解なんでしょうね
通りすがりさんこんにちは。
確かに真道の生命についてはちょっとぼかされていましたね。
かと言って「生きている」とはっきり分かる描写もなく、見る側の想像にお任せします、ということなのかも知れません。
個人的には、きっちり帰らぬ人となったと思いたいですね。でないとザシュニナが可哀想な気がするので。
花森くん、もとの若い姿に戻って欲しかったのですが、戻る理由がないですし、最後のシーンも良くみると微妙にほうれい線があるようにも見えます。
色々と含みを持たされていますが、ここは素直に字義通りに解釈してみました。
どう考えても真道はザシュニナが身を捧げることで復活させて、謎の超越的存在と化してるでしょう。
だからこそ、進歩のために自分を途中にするとか、そんなに悪い奴じゃなかったとか、情報を超える者…とかのあれこれがあったわけで。
通りすがりさんこんにちは。
最終回は、意図的に色んな読み取り方ができる演出が為されていると思います。
あなたがそのように解釈したのであれば、それがあなたの「正解」なのでしょう。