皆々様こんにちは。
『平家物語』担当のgatoです。
前回は地震のために第10話放送が延期となったため、10話・11話と立て続けに記事を作成していくことになりました。
さて、前回は清経、敦盛と平家の若者が立て続けに命を散らせました。
そして今回は義経の活躍でついに平家は追い詰められ、壇ノ浦の戦いを迎えます。
母と再会し、平家の行く末を見届けると決意したびわですが…一体どうなることやら。
何はともあれ、どうなっていくのかじっくり見ていきましょう。
維盛の旅
前半パートでは維盛(これもり)の出奔、そして入水が描かれました。
出奔
倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦い以降、病に臥せってすっかり気落ちしていた維盛ですが、ついに出奔し、高野山で出奔しました。
元々穏やかな性格で決して武人気質ではなかった維盛にとって、背伸びした挙句に大敗を経験することは耐え難かったことでしょう。
武士の器でなかったといえばそれまでですが、精一杯頑張ったのに滅びの運命を変えられなかった維盛の心中は察してあまりあるものがあります。
おまけに出奔しても源氏が居座る京都に戻れないため妻子にも会えず、もはや寄る辺もなかったために、維盛は高野山で出家することになります。
この時、維盛が会っていた僧侶は滝口入道ですが、なんと重盛の家人だった人物です。
滝口入道は身分違いの恋に悩んだ挙句、何もかもを放り捨てて出家したという経緯を持つ人物ですが、彼が維盛を慰められたのも苦悩に耐えかねて出家した過去が重なったからでしょう。
また、維盛が入水前に巡った場所は奇しくも重盛が病没する前に平家の未来を祈った熊野でした。
己の失敗に苦悩し、憂鬱になった挙句に表舞台から身を引いて熊野詣をした維盛は、皮肉にも重盛の後を追っているようですね。
病没する直前に重盛は維盛を「自分と同じように悩みやすい」と告げていた場面がありましたが…悲しくもその末路も似通っていたわけですね。
ちなみに今生の別れとなった維盛の妻子ですが、壇ノ浦の戦いの後に捕らえられます。
ただ、妻の新大納言局(しんだいなごんのつぼね)は再婚し、娘の夜叉御前と共に暮らし、文覚(頼朝をけしかけていた僧侶)のとりなしで長男の高清は出家するなど、一応生存はしたようです。
高清に関しては後に文覚が三左衛門事件(さんさえもんじけん)で流罪になった際に処刑されたとされていますが、実際に処刑されたかは定かでないそうです。
維盛の妻子の行く末は不明な点が多いそうですが、いずれにせよ重盛の子孫が清盛の嫡流の中でも比較的長く生き残ったことは…まだ救いがあるように感じますね。
入水
びわとの束の間の再会の時の彼の言動を見る限り、おそらく出家した段階で命を絶つつもりでいたのでしょう。
そして維盛は清経と同じように入水しました。
作中では描かれませんでしたが、この際維盛は松の木に自分の名前に加え、「清盛」と「重盛」という名を書いたそうです。
維盛の入水は清経のそれとも重ねられますが、ちょっと違うニュアンスがあるように感じましたね。
入水の直前、維盛は穏やかな笑みを浮かべながらも祈っていた手が震えているのを見ると、内心怯えていたところもあったのでしょう。
しかし、それでも入水した彼の表情は笑顔でした。
維盛と清経はいずれも憔悴した果てに自ら命を絶っていますが、維盛の場合は悲壮感に駆られたり、戻らない過去を追いかけ続けたというよりも、彼らなりに滅びを前向きに受け入れた様なのではないでしょうか。
これは一種の諦観のようにも聞こえますが、個人的にもうちょっと前向きなものと捉えています。
確かに維盛は滅びを前に抗わず、身を委ねるという道を選びましたが、恨み言を口にせず、笑みを讃えたままでした。
清経のように悲嘆に暮れていたわけでもありません。
そして何よりも、彼は最期まで祈っていました。
個人的に、この時の維盛の在り方はびわの母である浅葱の方に近しいと感じました。
浅葱の方は権力者になびいて家族を捨てた挙句、びわを想いながらも自分の過ちを恐れて隠れていました。
それでも浅葱の方はびわを想い、祈り続けたと語ってます。
そして維盛もまた、同じように逃げながらも大切な何かを想い、祈ったのではないでしょうか。
維盛が何を想って入水したのか、今作ではその内面は描かれませんでしたが、妻子に会おうと思ったこと、入水直前に「清盛」と「重盛」の名前を書いたエピソードも踏まえると、逃げながらも彼が滅びつつある一門を想っていたのではないか…と感じます。
つまり維盛は戦からは逃げても、滅びを受け容れても、一門=家族への愛情から決して逃げなかったわけです。
そう考えれば…少しは維盛に救いがあるかもしれません。
資盛のあがき
出奔の果てに入水した維盛とは対照的に、資盛(すけもり)は後白河法皇に命乞いしたり、徳子に仲立ちを頼むなど、あの手この手で活路を見出そうとしていました。
これまでシニカルで斜に構えた感じで振る舞っていた資盛でしたが、情けなさを顧みずに一生懸命頑張る姿は印象的でしたね。
第8話の記事で資盛について色々書きましたが、個人的に今回の資盛の立ち回りは腑に落ちた感じがあります。
無理に背伸びをする維盛や、平和な日々に囚われがちな清経と違い、資盛は良くも悪くも現実と向き合い続けた人物でした。
びわにいじられていたように殿下乗合事件(でんかのりあいじけん)で「立場を失う」という経験をした資盛は、維盛や清経より苦境への耐性が強かったのかもしれませんね。
だからこそ、平家が都落ちした段階から滅亡が近いという現実を悟ってしまっていた。
しかし維盛や清経、敦盛を見てきた資盛はいくら現実を悟っていても、逃げ出すということはできなかったのでしょう。
誰よりも現実を直視してしまうが故に、資盛は現実から目を背けることができないし、現実と最後まで対峙し続けてしまうからです。
ただ、そんな資盛にとってびわとの再会は何よりうれしかったでしょうね。
維盛や清経を喪った彼にとって、楽しかった日々の生き証人はもう彼女くらいしかいないのですから。
ところで、これは最終回を知ったうえで書くのですが、維盛の従者として彼の入水を見届けた武里と資盛の場面は原典の平家物語にも出てきますが、今作は二人の扱いが違うんですよね。
原典では維盛の末路を知った資盛は「自分の命ももう長くない」と悲嘆に暮れ、伊子(いこ)への手紙の返事にもそんなことを書くのですが、今作での資盛は武里から維盛の最期を知っていても武里に皮肉をいう元気があるなど、そこまで悲嘆している感じではありません。
むしろびわと再会した際は、かつてのようなやり取りをするなど、多少は元気を取り戻した感じすらあります。
このことって最終回のある場面とつながる気もするのですが…これは次回の記事で述べたいと思います。
重衡の罪と罰
一ノ谷の戦いで捕らえられた重衡(しげひら)ですが、鎌倉で頼朝と対面する姿が描かれました。
そこで重衡は事故とはいえ南都を焼き討ちした報いを受ける覚悟を示していましたが、実際の重衡も堂々たる振る舞いだったため、頼朝が感心したといわれています。
頼朝は千手の前という侍女を与えるなど重衡を丁重にもてなすなど、敵ながらその人柄にほれ込んだそうです。
しかし重衡は壇ノ浦の戦いの後、焼き討ちにされた南都衆徒に引き渡され、斬首されることに…。
平家物語は隆盛を極めた一族がその驕りによる因果応報で滅んでいく様を描いてますが、重衡もまたその通りに命を散らしたわけです。
義経の恋
残念ながら平家がメインの作品であるために出番が少し控えめな義経ですが、後半では静との出会いが描かれました。
今作では不敵な笑みを浮かべる自信家という感じでしたが…静に一目惚れする様は完全に少年でしたね(笑)
静も静で義経に一目惚れ。
あれだけかしましい性格だったのに、義経を想うと食事も喉に通らない一途な姿を見せています。
前の記事で静と祇王(ぎおう)を重ねて掘り下げてみましたが、今作における白拍子は権力者との間で悲劇や悲恋を経験する女性という立ち位置が与えられている感じがしますね。
やはり静はかつての祇王(もしかしたら浅葱の方も)が純粋に踊りを楽しんでいた時代を象徴する存在なのでしょう。
そして、静は義経と結ばれることで祇王や浅葱の方のような悲劇を経験することになります。
どうせ今作では描かれないのでここでいっちゃいますけど、平家滅亡後に頼朝と対立し、京を追われた義経と別れた静は頼朝に捕らえられます。
この際、吉野で頼朝を前に義経を想う舞を披露したエピソードは有名ですね。
しかし義経の子どもを妊娠していたために、静はより酷い悲劇を経験します。
義経の子どもを赦さなかった頼朝によって、生まれた男の子は由比ヶ浜で生き埋めになってしまいます。
その後の静は京に返されますが、この際に入水したとも、若くして没したともいわれています。
静もまた権力者の力によって悲劇を迎える女性の一人であり、趣は違えど祇王や浅葱の方の悲劇が今後も繰り返されていくことを示す人物というわけです。
法皇は赦さない
都落ち以降、没落していく平家を裏で意気揚々としている後白河法皇ですが、徳子の彼への評価が面白かったですね。
徳子は後白河法皇を「父と同じ」と評していましたが、源氏を利用して平家を追い詰め、かつて親しくしていた資盛の命乞いを踏みにじる後白河法皇の姿は、確かに鹿ケ谷の陰謀で過剰なまでに反抗勢力を潰した清盛を彷彿とさせます。
また、孫(後鳥羽天皇)を可愛がる姿もどことなく清盛を連想させますね。
まぁよくよく考えると清盛も後白河法皇もどこか似ている人物です。
清盛も後白河法皇も強欲ながらも、どこか茶目っ気のあるおっちゃんですしね。
最終回の後白河法皇も踏まえると、清盛と重ねる見方はちょっと面白いかもしれません。
頼朝の覚醒
これまでどこか頼りない振る舞いを見せていた頼朝ですが、ラストで平家を滅亡させることを決意してからは冷徹な一面を見せるようになっていました。
この変化には恐らく重衡の一件が関係していると思われます。
重衡の精悍な姿を見て情に絆された頼朝ですが、政子にたしなめられてからは平家打倒に意欲を見せるようになりました。
個人的に、この頼朝の変化は清盛や後白河法皇に次ぐ時代の権力者の誕生を示すものだと思います。
第6話の記事で頼朝もまた「駒」ではないかと書きましたが、重衡の一件から頼朝は駒を脱したのでしょう。
自らの権勢を守るために、冷徹に相手を倒していく。
清盛や後白河法皇のように、あの場面から頼朝は「駒」から「駒を使う者」に変化したのではないでしょうか。
tips:屋島の戦い
今回はあっさり描かれただけで終わっちゃいましたが、後半に出てきた屋島の戦いも義経の名場面の一つです。
嵐の中をわずかな手勢を連れ、義経は平家が陣取る屋島を強襲し、数で勝る平家をあっさりと追い払ってしまいます。
この戦いで負けた平家は完全に橋頭保を失い、壇ノ浦へ追い込まれるというわけです。
平家物語において屋島の戦いは義経と梶原景時が船に逆櫓をつけるかどうかで対立した逆櫓論争(さかろろんそう)や、劇中でも描かれた那須与一の扇を射るエピソードなど名場面に事欠かない戦いとして描かれています。
ただ、実のところをいうと、この時期の戦いで頑張っていたのは義経だけではないようです。
今回のエピソードで名前だけ登場した頼朝のもう一人の弟の範頼(のりより)ですが、義経は彼と連動していかたらこそ平家との戦いを有利に進めていたといわれています。
実際、範頼は屋島の戦いの直前に九州を制圧しており、平家の退路を断つことに成功しています。
また、一ノ谷の戦いも義経の奇襲が注目されがちですが、範頼が大群を率いて平家の注意を正面に向けていたこともしっかり影響していました。
今作では出番が全くない範頼ですが、実は義経の陰で頑張っていたわけですね。
『平家物語』第10話感想
いやータイトルが「壇ノ浦」だったので、てっきり滅亡までいくのかと思いましたが、ギリギリで終わりましたね。
本当にギリギリですけどね。
維盛しっかり命落としてますけどね。
暗に重衡も退場ですけどね。
いやー…きつい(笑)
びわの「語り継ぐ」という言葉など、細かい事柄は最終回の記事に書こうと思っていたので今回は少し内容が薄いかも…。
まぁ最終回の記事で色々書けたらと思います。
それにしてもびわが連れていた「ねこ」…正味良く分からなかったな…(笑)
なんか今回でびわと別れたみたいですし…一体どんな存在だったのだろうか…。
最終回の記事でどうにか答えを出したいと思います(笑)
ではでは、最終回の記事でお会いしましょう~。
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