こんにちは!「ひぐらしのなく頃に業」担当ライターの深夜特急です!
さて、今回の22話は「郷壊し編」の第5話目です。
21話冒頭では、祭具殿から直接カケラの世界に飛ばされたため、命を奪われることも、断つこともないままループへと突入しましたが、ラストでは、沙都子は大胆にも梨花を巻き込んで、自らループしていきました。本当にループできるのか確証も無いのに…
彼女がどれだけ病んでいったのかを表す場面になったのではないかと思います。
そんな闇堕ちした沙都子が、今後どういった彼女なりの運命の抗いを見せてくれるのでしょうか?梨花と沙都子の現状をおさらいしながら考察して見ていきたいと思います。
梨花と沙都子の相違点
まず、沙都子と梨花には、特殊な力の働きにより、同じ時を繰り返すという現状は同じものの、志には大きな相違があると考えられます。
梨花は自分が何者かにより命を奪われるという現状を打破し、先に進みたいという思いで何度も時を繰り返していました。
ですので梨花の攻略方法は、少しでも長く生き、試行錯誤を繰り返しながら、運命を打破し突破口を掴むというものでした。
それに対し、沙都子はすぐにやり直すリセットプレイで何度も進めます。
沙都子のねらいは現状維持。梨花が前に進む事により今の幸せが失われていくことに恐怖を感じています。そのため、自分の理想の展開と寸分でも違っていたらすぐにやり直したいと考えるのでしょう。
ですので、どうせ元に戻るのだからと、沙都子には自分の、さらには他人の命を少々軽んじている節が見られます。
リセット世代の先駆けとも呼べる考え方ですね。ファミコンの発売日が昭和58年7月なので、恐らく惨劇を回避した後にやっていたのでしょう。
沙都子の動き
沙都子はカケラの世界の神様?(仮称;オヤシロ神様)から、梨花には100年分の蓄積された願いの強さがあると聞き、それじゃあワタクシもいっちょ、100年過ごしてみっぞ!と言わんばかりの修行感覚で100年を過ごすことを選択します。
この100年は恐らく羽入と同じ傍観者としてでしょう。干渉してしまえばカケラ自体が変わってしまいますから。
オヤシロ神様は以前、沙都子が時の渦をめぐることそのものが、オヤシロ神様の干渉に値すればそれで充分対価になると言っていました。
もしかすると、この傍観者として100年過ごすこともオヤシロ神様から対価の対象として受け入れられたのかもしれません。
戦略
オヤシロ神様から認められた沙都子は、梨花の記憶を維持したまま、次のカケラに2人で移れる力を受けます。
ここでリセットプレイから攻略法を生み出します。
沙都子が考えたのは、何度も惨劇を繰り返しリセットを続ければいずれ梨花の心をへし折れる。という攻略法です。
恐らく鬼騙し編から続く惨劇の再来は、傍観者として過ごした100年の経験からすべてを把握している沙都子による犯行とみて間違いないでしょう。
この時点で沙都子は、全てを見てはいるが干渉できない羽入(祭囃し編を除く)と既に同等、いえ、鬼騙し編から干渉できる分、ある部分では羽入を超えた存在になったのではないかと思います。
神である以上、一定のルールを守っていた羽入に対し、同等並みの力を人の子に持たせることで疑似的に神がカケラに干渉できるようにする。
これがオヤシロ神様のねらいかもしれません。
▼沙都子による犯行?についての詳しい時系列はこちら
誤算
しかし沙都子には誤算があります。猫騙し編の初めに、羽入の残り香の最期の力によって梨花も記憶を引き継げるようになっています。
猫騙し編のラストを見るからに、その力を持っていることを沙都子は知らないように思えます。
このことから、羽入の残り香のいた梨花のカケラの世界と、オヤシロ神様のいた沙都子のカケラの世界は別物なのではないかと考えられます。
そこから、ループ直前に沙都子はオヤシロ神様の元へ、梨花は羽入の元へ、それぞれ一旦経由し、そこからループしていたことが予想されます。
梨花、勝利の可能性
この勝負は一見沙都子が有利に思えます。沙都子がプレイしているのは確実にクリアする方法があるファミコンのようなゲーム。
一方梨花が挑戦していたのは、オヤシロ神様も例えていたように、サルにタイプライターを討たせていつか偶然ハムレットを完成させるという、天文学的な確率にかけるしかないゲーム。
どちらが性能の良い、クリアしやすいゲームなのかは一目瞭然です。
しかし、プレイヤーとして見てみればどうでしょうか?梨花はそのタイプライターコングみたいなゲームをクリアした経験があるのです。
天文学的な確率にかけるしかないはずのゲームを試行錯誤でクリアした梨花はプレイヤーとしては何枚も上手です。
さらに先述した通り、沙都子は梨花と羽入がコンタクトを取っていることを知りません。
残り香とは言え、羽入が梨花に関わっていることが攻略法を見つけた沙都子に対抗できるポイントではないでしょうか?
まとめ
以上、沙都子と梨花の現状と、考察を交え梨花の方が結局は何枚も上手なのではないか?と予想を立ててみました。
もしかしたら、梨花は記憶の保持以外でも、力は手にしているのではないでしょうか?
コミックス版の祭囃し編のラストでは、止めた時の中を自由に動ける梨花の描写がありました。それは羽入までもが予測できなかったことです。
恐らく羽入と共に数多の時を過ごしていった結果、梨花自身が羽入に近づいていったのではないかと思います。
沙都子も、確かに100年の時を過ごしましたが、それはあくまで傍観者として1人で過ごしたに過ぎません。
沙都子と梨花との大きな差は、梨花は羽入と2人で過ごした。そこにあると考えます。
ひぐらしのなく頃に業 第22話感想
今回も驚く展開ばかりでした!沙都子が長い時間かけて時間を旅し、その果てに梨花と同じ土俵に立つのかと思いきや、梨花のカケラの傍観者になっていたのですね。
序盤でレナの「嘘だ!」を、さも自分のものかのように使いこなしたキャラ泥棒沙都子は、100年の時を経てコレは人のモンだった…と気付いたのではないでしょうか?
しかし、あんなに会いたがってた悟史に、いとも簡単に別れを告げるシーンから見るに、沙都子には、パクったみたいで恥ずかしいなどという人間的な感情は、もう持ち合わせていないのではないしょうか。
そんな沙都子と梨花の直接対決が、近いうちに見られることでしょう。
先ほど例として、梨花が止めた時間を自由に動けたことを上げさせてもらいましたが、個人的には羽入の時間停止の力を梨花にも引き継いで欲しいと考えております。可能性はあります。
根拠としては、止めた時を動けるということは、つまり時を支配できる=時を止めることもできる。と考えております。
無駄無駄言う人の時間停止から逃れたオラオラの人が、何故かついでにこっちも時を止めることができるようになったのと同じ理屈です。
その力があれば17話で沙都子が銃を向けたシーン。あの窮地も時を止めれば、たやすく突破できますしね!
ラストがそんな淡々と、物理的に沙都子を取り押さえるような決着なわけがないのがひぐらしですが、神の力技で解決するまさかのひぐらしも見てみたいと思っている私です。
ひぐらしのなく頃にのキャッチコピーは「正答率1%」この考察がその1%に少しでも近づけていることを祈りつつ…
次話が楽しみです!
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