こんばんは。眼鏡は顔の一部じゃない、全部だ! ライターの雨琴です。『シャドーハウス』を担当しています。
※コメント欄でのネタバレも厳禁でお願いします!
前回は亡霊騒ぎの原因を探るべく、エミリコは他班の生き人形、ショーンとラムと屋敷の夜回りをしました。
その過程で屋敷からの脱出を阻む仕掛けを見つけつつも、親睦を深め、亡霊の原因となっていたすすの漏れ出る場所を発見。一件落着となりました。
今回は1話でエミリコと一緒に何かを飲み干していた5人の生き人形が勢揃い。件の”お披露目”と相成りました。
それぞれのおかげさまたちも緊張しているのかすすを立ち上らせています。
食事や音楽を通しておかげさまと生き人形の相性を観察している様子でしたが、観察している評価自体を現在進行系で開示していることも興味深いですね。
エドワードという生き人形は一筋縄ではいきそうにありません。
今回も気づいたこと感じたこと思ったこと考えたことをふり返っていきます。
ジョンは心に眼鏡をかけている
ついにシャドー家の人物で眼鏡をかけているキャラクターが登場しました! と言っても伊達眼鏡のようですが。
生き人形であるショーンの視力を慮って自らが譲歩し伊達眼鏡をかける。
生き人形に対するホスピタリティ溢れるその姿勢は、ひょっとしたらシャドー家の人物らしからぬのかもしれません。
つまりジョンの眼鏡にレンズは入っていなくとも、ジョンの心はまぎれもなく屈折している。
たとえ裸眼に落ち着いたとは言え、これを眼鏡者と呼ばずして誰を眼鏡者と言えようか!
なぜエドワードは見えるところで審査を行うのか
エドワードは以前から「3階の方々に娯楽を提供する」ことが目的というような不穏な発言が見られました。
今回真っ先に気づいたのは、生き人形でありながら「創造主様」ではなく「おじい様」と呼ぶことを許されている点です。
単に大人の生き人形と言うだけでなく、それだけシャドー家の人たちに準ずる高い立場にあることが把握できます。
お披露目に関する審査も本人たちの目の前でリアルタイムに行っているところをみると、評価に対するリアクションも含めて審査に入っているのでしょう。
減点されても狼狽えずに巻き返せる機転のようなものを期待しているのでしょうか。
確かにそうでなければ、演技を口裏合わせた完全台本でしのぎ切ることもできなくはないかもしれません。
生き人形に求められるものとは
生き人形はシャドー家の人たちの顔の代わりであればいい。故に余計なことを考えないのが鉄則です。
しかしシャドー家のお歴々にも生き人形たちにもそれぞれに思惑はありそうです。
エミリコの星つきになるという目標はわかりやすい方ですが。
パトリックとリッキーはそれぞれ上昇志向が強い割に、リッキーの方が機転が効いている節があります。
ラムのおかげさまは言葉数が少ないこともあって目的が見えてきません。
ケイトにも何やら成し遂げたいことがあるようですが、それはシャドー家の人間としては異端的なものである雰囲気ですね。
エミリコの自主性や型通りでないところを高く評価している節があります。
この辺りが今後のお話を駆動させるエンジンになっていくのでしょうか。
『シャドーハウス』5話感想
ついに来たお披露目ですが、内容は今のところお茶会、舞踏会。
シャドー家の人たちだけ庭園に連れ出して、今度は生き人形同士の所作を見極めるのでしょうか。
でもそれは普段の掃除の働きぶりでわかりそうなものです。
次回のタイトルから類推して、迷路の中をシャドー家の人と生き人形同士出会えるか歩かせ合うとかでしょうか。
ミアの折檻も自主的にサラに申し出て行われていたこととなると問題の根が深いですね。
こちらもどの段階で話の本筋にからんでくるのか、興味深いです。
▼『シャドーハウス』の記事はこちらにまとめてあります
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