こんばんは。眼鏡は顔の一部じゃない、全部だ! ライターの雨琴です。『シャドーハウス』を担当しています。
※コメント欄でのネタバレも厳禁でお願いします!
ついにお披露目を迎えることとなった5組のシャドー家の人々とその生き人形たち。
試験管の生き人形エドワードの、気まぐれにも思える評価に一同戸惑います。
余計なことは考えなくていいはずの生き人形であるエミリコは、相変わらず困っているラムの世話を焼きます。
ケイトはそんな型通りではないエミリコのあり方に理解を示し、すすを使ってエミリコと踊りだしました。
そして5人のシャドー家の人々がエドワードによって庭園に連れ出されてからしばらく。
残された生き人形たちは自分たちがどうするべきか悩みます。
何を持って余計なこととするか、確かに一度考え出すと難しいです。
「主人を心配することは余計なことではない」とするエミリコの幸運と機転により、生き人形たちは庭園まで辿り着きました。
迷路と化した庭園の中から時間内に主人を見つけ、脱出する。シャドーは服を、生き人形は顔を守らなくてはならない。
確かにルールはシンプルです。各々持ち物を選び迷宮の中へ。といった流れでありますが。
一部始終を観覧しているシャドー家の人たちの存在がじつに不穏ですね。
今回も気づいたこと感じたこと思ったこと考えたことについてふり返っていきます。
ショーンはなぜ幸運のフェーヴを知っていたのか
生き人形は”余計なことは考えない”が基本となっていますが。
幸運のフェーヴをめぐる件でリッキーとショーンを中心に様々な可能性を検討しています。
はたして何をもって”余計なこと”とするのか。
今回ショーンがフェーヴのことを知っていなければ誰も庭園にたどり着けなかった可能性があります。
ショーンが何故フェーヴのことを知っていたのか。
それも生き人形のスタートラインの差なのか、ジョンの下にいて知る機会があったのか。
フェーヴの知識がこのタイミングで役に立つ余計なことではないとしたら、予め何らかの形でエドワードが知らせておいたのでしょうか。
となるとこの時点で生き人形同士の協力が不可欠な試験になっていますね。
協力
生き人形たちは選んだ道具に翻弄されている様子。他の生き人形の持っている道具をうらやむ方もあれば、協力を前提に考える方もあり。
リッキーとルーのように利害関係の一致で行動するのもひとつですが、ラムとエミリコは健全な協力関係になれているようです。
特にラム。両手がふさがった状態で、指を使わずにエミリコと会話できたことは、成長を感じさせる良い演出でした。
次回のサブタイトルからも、この試験が協力を前提としている作りになっていそうな予感がします。
でもエドワードの性格からして、略奪とかし合うパターンでも良いくらいのことは考えていそうですね。
見世物である試験
ジョンの指摘によりケイトは”自分たちが見られている”可能性に気づいた様子です。
このお披露目試験自体がシャドー家の大人たちの娯楽となっているようです。
エドワードが凝った試験内容を考えるのもうなずけますが。
何がどうなったらシャドー家の人々やエドワードの思惑通りとなるのか、まだ全貌がつかめませんね。
ここで合格したペアは後々自分たちの仲間となっていくわけだから、どこかで試される側から試す側への懐柔が行われることになります。
シビアな試験内容過ぎてもうらみを買うし、代々このかわいがり的構造が続いていたのでしょうね。
ジョンがすすで箱を爆発させたところから彼のすすの量を推し量ってもいたので、試験としての側面もきちんとある様子です。
『シャドーハウス』6話感想
ジョンの能天気若旦那っぷりが気持ちいい回でした。
ケイトの檻と扱いの差がかなりある分、脱出難易度も違いそうですね。
協力が鍵になる構造になっているのはもしかしたらエドワードの趣味ではないのかもしれないですね。
この時点で共犯関係になる旨みみたいなものを覚えさせてあとから抱き込みやすくしようって魂胆なのかもしれない。
▼『シャドーハウス』の記事はこちらにまとめてあります
▼当サイトでは他にも多数のアニメを考察しています!
最新情報をお届けします
Twitter で2017春夏秋冬アニメ考察・解説ブログをフォローしよう!
Follow @anideep11